誰のために法は生まれた

  • 誰のために法は生まれた
    誰のために法は生まれた
判型:四六判並製 / ページ数:400ページ / ISBN:9784255010779 / Cコード:0095 / 発売日:2018/07/25

誰のために法は生まれた

木庭顕 定価: 1,998円(本体1,850円+税)

在庫: 在庫あり

追いつめられた、たった一人を守るもの。
それが法とデモクラシーの基(もと)なんだ。

替えのきく人間なんて一人もいない――
問題を鋭く見つめ、格闘した紀元前ギリシャ・ローマの人たち。
彼らが残した古典作品を深く読み解き、すべてを貫く原理を取り出してくる。
この授業で大切なことは、感じること、想像力を研ぎ澄ませること。

【最先端の知は、こんなにも愉快だ! 中高生と語り合った5日間の記録】

映画を観たり戯曲を読んだりのあと、中高生との対話がはじまる。
さぁ、本当の勉強をはじめよう。
「教養どころじゃなく、自分の価値観とか、ぜんぜん、すごい変わる授業」
「人生の大事な一部分になりました」――生徒

書評

未来を切り拓く最強のヒント

木庭は言う。人の苦痛に共感する想像力があって初めて、何が問題かが掴(つか)める。よってまず直感せよと。実はここに、本書の企図の核心が潜む。著者は、ローマの人々が何を問題としていたのかに立ち返って考えるという大胆な企てを、中高生と共に始めてしまった。 (…) 著者の投げる周到な問いが、現代に生きる若い知性と生き生きと響き合う理由はここにある。人間社会というものは、異常な混迷に陥ったり、巨大な変動に直面したりする時、必ずギリシャ・ローマの試みを土台として、その理を真剣に鋳直して、新たな時代創出の糧としてきたゆえだ。 最後に、日本の未来を左右する憲法9条について、ローマ法の核にある占有の論理を引っ提げての著者の分析は、呆(あき)れてしまう程見事なのでご一読を。戦争の惨禍から生まれた日本国憲法が、実力行使を正当化する全経路を絶つべく、いかに厳密な論理で書かれているか、初めて得心できた。すごい本だ。

加藤陽子先生(東京大学文学部)(10月14日毎日新聞)

映画や古典は、強烈な状況、驚くべきキャラクターを提示し、私たちの考えや価値観を揺さぶる。そこに描かれた人間のへの共感や考察を通じて初めて、政治や自由を生々しく理解できるようになる。だからこそ木庭先生は、迂遠にも見える手法を採るのだろう。(…)ゆっくり考える時間を与えてくれる本書は、現代人にこそ必要だ。

木村草太先生(首都大学東京)(「週刊文春」10/25号書評より)

どの物語についても中高生はしっかりと受け止め、年少者にこんなものを読ませてよいのか、などという馬鹿げた発想はこの本にはない。本書では「欲望」「占有」「自由」「民主主義」「人間の関係性」「組織」「秩序」「国家」という概念が、それぞれの物語のエピソードを通して、生徒の豊かな状況理解力と先生のレスポンス能力によって明らかになっていく。

中沢孝夫先生(兵庫県立大学院)(「東洋経済」10/13号書評より)

このような講義を生徒たちがどれだけ理解したかに疑問を呈する向きもあるだろう。しかし、観る機会もなかった古い映画や、読む機会もなかったギリシャやローマの戯曲に触れて大いに想像力を刺激され、学問の魅力の一端に触れたに違いない。質疑応答にはそれが明瞭に表れている。 ジュニア相手の講義の模範だったと言っても決してほめ過ぎではないだろう。

根井雅弘先生(京都大学経済学部)(8月19日高知新聞、秋田魁新聞、ほか)

イベント

開催中

「誰のために法は生まれた」選書フェア

木庭顕著『誰のために法は生まれた』では、刊行を記念して、書店での選書フェアを開催中です。木庭先生に本書に関連する古典作品を選んでいただきました。ご執筆いただいた小冊子を付録でお渡しいたします。ご参加いただける書店さん大募集中です。小社営業部までお問い合わせくださいませ。


目次

第一回 法はどちらの側にある?――『近松物語』

第二回 個人と集団を分けるもの――『自転車泥棒』

第三回 徒党解体のマジック――プラウトゥスの喜劇

第四回 見捨てられた一人のためにのみ、連帯(政治、あるいはデモクラシー)は成り立つ――ソフォクレスの悲劇

種明かしのミニレクチャー
 1 政治
 2 都市と領域
 3 デモクラシー
 4 法または占有原理

第五回 日本社会のリアル、でも問題は同じだ!――現代の判例

著者紹介

  • 木庭 顕(こば・あきら)

    一九五一年、東京に生まれる。一九七四年、東京大学法学部卒業。東京大学名誉教授。専門はローマ法。著書に、三部作『政治の成立』(一九九七年)『デモクラシーの古典的基礎』(二〇〇三年)『法存立の歴史的基盤』(二〇〇九年、日本学士院賞受賞、以上東京大学出版会)、『ローマ法案内――現代の法律家のために』(羽鳥書店、二〇一〇年/新版、勁草書房、二〇一七年)、『現代日本法へのカタバシス』(羽鳥書店、二〇一一年/新版、みすず書房、近刊)、『[笑うケースメソッド]現代日本民法の基礎を問う』(二〇一五年)『[笑うケースメソッドⅡ]現代日本公法の基礎を問う』(二〇一七年、以上勁草書房)、『法学再入門 秘密の扉 民事法篇』(有斐閣、二〇一六年)、『憲法9条へのカタバシス』(みすず書房、二〇一八年)ほか。

本文より

 自由な言葉とはなにか、それはどのようにすれば機能するかをギリシャの人たちはとことん考えていた。われわれのように、憲法があるから、表現の自由で、言葉は自由だ、って、もうそこで考えを止めちゃって、ああ、自由だ自由だ、自由なはずでしょ、とかは、流石にギリシャの人たちは考えない。実質、言葉の自由が、どうしたら社会の中で実際に実現して、本当に自由なのか、この作品ばかりじゃなくて、いろんな作品にとことん書いてある。
 そしてこの場合も、ここでできあがった信頼関係は、新しい人間関係を作っている。新しい組織原理になって全体を解体して、ぜんぶ塗り替えちゃう。
    ――第四回(紀元前五世紀のギリシャ悲劇「フィロクテーテース」)より

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