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 技術翻訳のプロ・曽我孝幸、E-DIC を使う(3)
 第3回 「誤解なく伝えるために」

★実は口語英語には弱い技術翻訳家
 翻訳家なら英語は完璧かというと、実はそうとも限らない。

 特に産業/技術翻訳家は、英語の知識がかなり偏っており、ネイティブなら毎日使っているであろう口語表現に意外とうとい。論文などにも意外に口語表現が出現することがある。本文の主旨と関係ないところの翻訳で長時間足踏みさせられては困る。

 たとえば、「use ~ to good advantage」という成句を訳さなければならない場合、『ランダムハウス』や『リーダーズ』には、 「to advantage」「to (one's own) advantage」なら出ているが、この形では載っていない。

 E-DICでは、

 She uses her talents to good advantage.
 (彼女は自分の才能を十分に活用している。)

 という例文にヒットした。この訳例ならそのまま使えそうである。

★誤解なく伝わるシンプルな表現を
 E-DICの収録辞書の中では、個人的には『英和イディオム完全対訳辞典』が面白いと思う。
 試しに「beat」で検索していただきたい。『英和イディオム完全対訳辞典』だけで[見出し+例文]が273件もヒットする。
 恥ずかしながら、「そういう意味だったのか!」と初めて知ったものばかりであった。これで映画やスポーツ観戦がさらに面白くなりそうである。

 一般の英作文にも通じることであるが、お堅い文であっても、文法頼みの“積み木遊び”のような無神経な直訳ではなく、格好いい表現にしたい。
 たとえば、「自動販売機にコインを投入する」は「throw a coin in to the vending machine」であろうか? やはり動詞は「insert」や「drop」を使うべきであろう。

 それぞれの場面でネイティブの人たちが普段使っているであろう表現を、こちらも使うべきであり、そんなときE-DICが一役買ってくれるはずである。
 ネイティブに誤解なく伝わるシンプルな表現を見つけ、自分のものにしたい。

★E-DIC「読書モード」の活用
 さて、翻訳は他人の言葉を扱うのだから難しいと前々回に申し上げた。では、自分の言葉だけで済むはずの英文レターやメールなどはどうかというと、今度は別の問題、すなわち「読み手に対する直接責任」とでもいうべきものが発生する。

 自分の書いたものが相手にどのような印象を与えるだろう――
 好感を与えるだろうか、不快感を与えるだろうか。母国語で書くときのように配慮すべきである。
 英語は、前置詞1つ変えただけで、ありふれた言葉がおそろしく失礼な言葉に変わったりするものであるから要注意である。

 日常交わされる言葉は、たいてい決まり文句で成り立っている。それは、普段自分が書いている日本語を想像してもらえればお分かりいただけるだろう。
 ゆえに、外国語の決まり文句だったら、丸ごと借りてくるしかない。「猿マネだ」などと卑屈に考えてはいけない。

 文章には読み手がいる。言葉は記号なのだから、その記号を見た人が理解できなかったり、誤解したりするようなことがあれば、無益であるばかりか、有害でさえある。

 E-DICには「読書モード」という機能がある。時間があるとき、このモードで興味のおもむくままにページをめくって例文を眺めてみるのも面白い。「こんな言い方があったのか」「マズい、昨日のメールで気を悪くさせたかもしれない」などという発見があるに違いない。

 「しまった!」と思うことがあったら儲けものである。その言葉は一生忘れないことだろう。

(そが・たかゆき)1962年生まれ。大学卒業後、半導体製造装置メーカー勤務を経て、95年にフリーランスの翻訳者として独立。主に電気・コンピュータ分野を専門とする。現在、某大手翻訳会社で特許翻訳および品質チェックに従事もしている。