朝日出版社

TED Books


煮えたぎる川
煮えたぎる川

アンドレス・ルーソ
シャノン・N・スミス 訳

ペルーのアマゾンに眠る、伝説の正体を追い求めて。
「ペルーのジャングルの奥深くに、沸騰しながら流れる大きな川がある」。落ちれば命を落とすほどの熱湯。祖父から不思議な話を聞いた少年はその後、地質学者となって伝説の真偽を探求する旅に出る。黄金の都市「パイティティ」は実在するのか?

シャーマンが守ってきた神聖なる土地にも、開発と伐採は忍び寄る。科学と神話が衝突し、融合する。すべてが「既知」になりつつある現代に「未知」への好奇心を呼び覚ましてくれる、スリリングな探検と発見の物語。

「あらゆるものが調査され、測量され、理解されているような現代において、この川は、私たちがすでに知っていると思っていることに疑問を投げかける。既知と未知、古代と現代、科学とスピリチュアルの境界線を、私は否応なしに疑うことになった。この川は、未発見の驚異がまだたくさんあることを教えてくれる。驚異は未知なる世界の漆黒の闇の中だけでなく、日常の『ホワイトノイズ』の中にもある――ほとんど気づかれないもの、忘れかけていたこと、ストーリーの枝葉にさえ、存在するのだ」(本書より)

「おそらく現代の繁栄は、未来の人類滅亡を早めることで成り立っている」
……服部文祥(解説冊子より)

2017年9月22日発売
B6判変型/232ページ
本体1,750円+税

各オンラインショップにてご購入いただけます。
Amazon.co.jp

本書のインスピレーションとなった16分間の講演は、TEDのウェブサイト TED.com で無料で見ることができます(日本語字幕あり)。



Andrés Ruzo
アンドレス・ルーソ(Andrés Ruzo)
アメリカ、ニカラグア、ペルーで育つ。彼の生い立ちは帰属するアイデンティティの危機を少々招いたものの、世界の問題は国境によって区切られるものではなく、エネルギーと資源が共通する根源だと教えてくれた。そう気づいた彼は地熱学を研究する道に進んだ。アメリカの南メソジスト大学で地質学と財政学の学位を取得。現在は同大学の地球物理学の博士課程に在籍している。環境に対する責任と経済の繁栄は両立できると信じ、その2つの目的を科学によって統合しようとしている。
『ナショナルジオグラフィック』誌のエクスプローラー、熱心な科学コミュニケーター、教育コンテンツの情熱的な開発者でもある。




シャノン・N・スミス
1978年、東京都でアメリカ人の父と日本人の母のあいだに生まれ、幼稚園から大学を中退するまですべて日本でアメリカ式の教育を受けて育つ。日英バイリンガル。株式会社アドバンスト・メディアにて言語モデル開発者やSEとして勤務し、2014年に翻訳者・英語講師・マインドフルネスの講師として独立。日英/英日問わず幅広いジャンルの翻訳をこなし、過去にはTEDxHimiの翻訳チームで日英翻訳者兼プルーフリーダー、翻訳チームアドバイザーも担当。TEDxスピーカーとしての経験もある。翻訳書としては本書が初めて。



文明と探検の微妙な関係 服部文祥

 登山家と探検家は悩んでいる。登るべき場所も発見すべき場所も、もはや地球上には残されていないからだ。われわれは自分たちの活動を維持するために、科学文明によって地球が開発されるのを阻止し、僻地を守らなくてはならない。というわけで自然保護活動をしたりする。

 だが、そもそも登山と探検は科学文明と仲良しだった。人間力に科学力を合わせて、人間にとっての未知を解明したり、人間の行くことができなかったところに踏み込んだりして、人の活動範囲を広げるのがその目的だったからである。
 19世紀から20世紀にかけては、それでよかった。科学と人間の力を合わせても、高山や北極南極、密林や砂漠などは、人間の活動がままならず、生きるか死ぬかの登山や探検は単純に面白かった。行為者は「人類初」という使命感にも素直に酔うことができた。

 だが時がたち、科学力は飛躍的に向上した。航空機で行けないところは地球上になくなり、衛星で観測できないところも存在しない。未知を失った探検や登山は、忘れられていた僻地に競い合って向かうようになり、現在では、あえて難しいラインや厳しい条件を自らに課すことで、肉体的なパフォーマンスを比べるようになった。
 登山も探検も自然を相手にしたスポーツと化したのだ。そして現在は、レジャーにまで成り下がっている。

 本書の「煮えたぎる川」を求めた学術的な探検も、極寒や酷暑、地理的な障害を肉体と精神でなんとか克服するような古典的探検ではない。
 子供の頃に聞いた「言い伝え」を信じて、自動車で現場に向かう。その場所は実在し、ささやかな観光地にさえなっていた。しかもそんな「熱い湯が流れる川」の規模は世界有数、その温度も温泉レベルを遥かに超え、学術的な価値もあった。報告する若い科学者の謙虚な姿勢にも好感が持てる。

 だが少々演出の臭いがしなくもない。
 先住民の言い伝えになっている場所を、学術的に発見する。その始まりは、純粋な好奇心だったはずだ。だが実際に行動し、プロジェクトが大きくなるほどに、資金や先住民の協力が必要になる。自己を肯定し、納得するためにも、社会的な大義名分が欲しくなる。
 「地質学は、私にこの世界を救う大きなチャンスを与えてくれているのだと思っています。エネルギーや資源を生み出すより良い方法を見つけようと学んでいるのです」と著者は言う。
 「より良く」の目的はどこにあるのか。
 化石燃料を燃やすことが地球温暖化につながっている証拠はどんどん増えている。一部の国家は原子力発電を制御できずに放射能をまき散らしている。たとえば「煮えたぎる川」を地熱発電に使えば、富と環境保全を両立させるクリーンエネルギーを人は得るかもしれない。それが「より良く」なのだろうか。

 山に登っていると、原始環境の崇高さを感じ、それを自分勝手に壊して平然としている人間が怖くなる。同時に、登山は地球上を開発することが目的だったのではないかと自分を責める。
 ジャングルの奥にある「言い伝え」の場所にも、開発の波が押し寄せている。密林の巨木を二束三文で売り払い、そのあと焼き払って牧草地にする。密林とともにあった文化も消えていく。「煮えたぎる川」もその存在を広く世に知らしめたら、低俗な観光地と化すかもしれない。醜悪な地熱発電の施設が作られるかもしれない。
 標準的な教育を受けた人は、伐採された密林を見れば顔をしかめるだろう。開発せずにうまく保護したいと思う。より良い未来のために。
 ここでも「より良い」が現れる。だが、その「より良い未来」はどこまでもぼやけている。煎じ詰めれば、できるだけ長く健全な形で地球が持続され、生命体もできるだけ長く存続するのが「より良い」の目的だろう。でも本当にそうなのか?

 おそらく現代の繁栄は、未来の人類滅亡を早めることで成り立っている。それがわかっていても、未来の子孫のために今この瞬間の不快や貧しさを本気で受け入れるという人はほとんどいない。自分の好奇心や快感を我慢してまで、環境を保護したいという人にも会ったことがない。経済効率は善とされる。そして著者も、自分の研究を我慢してまでも、沸騰する川を守ろうとしているわけではない。自分は研究を充分に楽しんで、なおかつ飢えないほどには裕福なうえで、環境を守りたい。

 それでいい。人間だけではなく、地球上の生き物すべてが自分の欲に忠実に生きている。
 だが、それをひとまとまりの「お話」に仕立て上げようとするとき、大義名分が生まれ、そこにお行儀の良い無邪気な正義感と西洋的な人間中心主義が見え隠れする。そうやって斜に構えて分析する私が、別のより良い何かを提示できるわけではない。

 人間はいったいどこに向かおうとしているのか。現代文明の富に支えられて自分が存在する。なのにその文明を否定しようとしている。だから登山家と探検家は悩んでいる。


はっとり・ぶんしょう 1969年生まれ。登山家、作家。装備と食料を極力山に持ち込まない登山である、サバイバル登山を実践する。著書に『息子と狩猟に』ほか。








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TEDブックスは、大きなアイデアについての小さな本です。一気に読める短さでありながら、ひとつのテーマを深く掘り下げるには充分な長さです。本シリーズが扱う分野は幅広く、建築からビジネス、宇宙旅行、そして恋愛にいたるまで、あらゆる領域を網羅しています。好奇心と学究心のある人にはぴったりのシリーズです。TEDブックスの各巻は関連するTEDトークとセットになっていて、トークはTEDのウェブサイト「TED.com」にて視聴できます。トークの終点が本の起点になっています。わずか18分のスピーチでも種を植えたり想像力に火をつけたりすることはできますが、ほとんどのトークは、もっと深く潜り、もっと詳しく知り、もっと長いストーリーを語りたいと思わせるようになっています。こうした欲求を満たすのが、TEDブックスなのです。




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